冬の印象による四つの小品より 全集
ピアノ連弾のための四つの小品集。
1.雪か幻か
秋田の冬は時間という概念を曖昧にさせる。眠りから目を覚まし窓から外の景色を眺めるとそこにあるのはいつも「白」に包まれた銀世界だ。曇り空の遮光カーテンから微かに漏れ出た陽の光が当たって浮き出た白なのか、真夜中の電柱の灯に照らされて映し出された白なのか、純粋に雪明かりなのか、雪のヴェールの前には全てが曖昧な印象になる。舞い落ちているのか、風で舞い上がっているのかもわからない。昼なのか夜なのかもわからない。雪か幻か。
2.凍て空
潟上市昭和地区から八郎潟へ続くはだか田野は冬になると途切れのない雪原へと姿を変える。見上げれば灰色の曇り空が隙間なく広がり、凍てつくような寒さが肌を刺す。やがて、潟から吹いてきた容赦の無い風に身体が冷え切った頃、雲間から一筋の光が差し、白黒の世界に「色」が現れる。
3.暖炉にて
種火が少しだけ残っている暖炉を眺めていると、火が燃えている時よりはるかに細かで鮮明なイメージを抱くことがある。乾いた木が燃える時に出すぱちぱちという独特な音、じんわりと身体を包んでいくオレンジ色のぬくもり、鼻腔の奥まで広がる薪特有の甘い香り、一杯のココアを口に含んだ時に広がる温かさ。それは幸福な記憶の回想である。
4.猫の足跡
雪道に残る猫の足跡ほど想像を掻き立てるものはない。目に浮かぶのは貴族然とした黒色の飼い猫だ。しなやかに伸びる長い尾をゆらしながら凛とした姿勢で歩き回るが、縄張りから外に出ることは意味がないので、冒険というほど遠くへ行くわけでもない。途中で隣家のコンクリート塀の上に飛び乗り、立ち止まって欠伸をしている。空高く飛ぶトンビが目に入ると、その柔らかな手足の裏から鋭い鉤爪を出し、勢いよく飛んで宙を切ってはそのまま器用に着地する。しばらく続けはするがいずれ諦めて、何事もなかったように同じ姿勢で再び歩き始める。見回りも終わりというところでこちらに気づき2つのオパールの瞳を向けてくる。ヴァイオリンを思わせる、その掻き鳴らすような鳴き声は官能的な悦を私に持たせ、ああ、この手に触れようと思ったところでそれが足跡の幻影だと気づくのだ。